JUJU with JAY'ED 明日がくるなら

YouTube】「余命1ヶ月の花嫁」映画の主題歌が人気に
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20090506-00000014-scn-ent



余命1ヶ月の花嫁」、主題歌「明日がくるなら」。

長島千恵さん、

自分のことだけで苦しかったでしょうに・・・・

「若年性乳がんについてもっと知って欲しい。若い人には自分と同じ思いを味わって欲しくない」と生前に語っていたとか。

長島千恵さん、

自分のことだけで苦しかったでしょうに・・・・



YouTube JUJU with JAY'ED 明日がくるなら
http://www.youtube.com/watch?v=QGqCvXkTkdA

YouTube 余命1ヶ月の花嫁 完全版⑥
http://www.youtube.com/watch?v=22_GZv_bl2A




5月6日9時42分配信 サーチナ

 テレビのドキュメンタリー番組が大反響を呼び映画化された「余命1ヶ月の花嫁」の公開が迫り、先日同映画の主題歌「明日がくるなら」が発売された。ユーチューブ(YouTube)上に曲のPVが投稿されており、約1週間で40万回以上の再生回数、120件以上のコメントを記録している。

余命1ヶ月の花嫁」は、乳ガンにより余命1ヶ月と宣告された長島千恵さん(当時24歳)が家族や恋人に支えられながらガンと前向きに戦う様子、そして「ウエディングドレスを着たい」という彼女の夢をかなえるべく友人達がサプライズ結婚式を開く様子をつづったTBSテレビ系列のドキュメンタリー番組で、2007年7月に放送され、大反響を呼んだ。07年12月には書籍化され、70万部のベストセラーとなった。「若年性乳がんについてもっと知って欲しい。若い人には自分と同じ思いを味わって欲しくない」と生前に語っていた長島さんの遺志を受け、TBSでは「ピンクリボンプロジェクト」を立ち上げ、08年からは「乳がん検診キャラバン」が全国を巡回するなど、乳がんについてのPR活動を行っている。そして09年5月9日に榮倉奈々主演による映画版の公開が決定、主題歌に「明日がくるなら」が選ばれた。

 「明日がくるなら」を歌っているのはJUJU(ジュジュ)とJAY’ED(ジェイド)。JUJUは女性R&Bシンガーソングライターで、06年にリリースした「奇跡を望むなら…」が話題となり、その後08年には「爽健美茶」のCMソングも歌っている。JAY’EDは1981年生まれの男性シンガーで、ニュージーランド人と日本人のハーフ。2008年に「Superwoman」でメジャーデビュー。ヒップホップやソウルミュージックをメインに活躍している。「明日がくるなら」では二人の伸びのあるコーラスが心地よく響く。同曲は4月29日にマキシシングルとして発売されている。

 動画のコメントでは、「声がいい」「感動した」「映画とぴったり」と賞賛の意見が大半を占めている。週末、映画館でこの歌声がさらなる感動を呼び起こすことになるだろう。(編集担当:柳川俊之)
参照記事http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20090506-00000014-scn-ent




Wikipedia より

余命1ヶ月の花嫁

余命1ヶ月の花嫁』(よめいいっかげつのはなよめ)は、2007年5月10日・11日にTBS(東京放送)系列報道番組『イブニング・ファイブ』にて「24歳の末期がん」ドキュメンタリー特集として放送され、放送終了後も大反響を呼び、同年7月17日に特番『余命1ヶ月の花嫁乳がんと闘った24歳 最後のメッセージ』が高視聴率を記録。同年12月にはそれに関した本が刊行40万部を突破したノンフィクション物語である。


概要

主人公である長島千恵は24歳ながら2007年4月にすでに末期の乳がんに冒されていた。宣告された余命は1ヶ月。しかし「がんと闘う自分の思いを同世代の人たちに伝えたい」と取材に応じてくれた。

彼女の最大の夢は「ウエディングドレスを着ること」であった。千恵の夢を叶えるため、彼女の恋人・太郎との模擬結婚式を友人たちが計画し、同年4月5日に実行した。そして模擬結婚式から1ヵ月後の5月6日に彼女は亡くなった。


あらすじ

イベントコンパニオンをしている千恵は、あるイベント会場で知り合った太郎と交際を始めるが、千恵は乳がんに侵され、太郎の元を離れる。太郎の千恵への想いは変わることがなく、千恵を屋久島まで追いかけ一緒に生きることを伝え、千恵も太郎と生きることを決意する。しかし千恵は乳がんを再発し、父・貞士と叔母・加代子に医師から余命1ヶ月と告知される・・・。




JUJU

JUJU(ジュジュ)は、京都府出身、ニューヨーク在住の日本人女性シンガーソングライターである。ソニー・ミュージックアソシエイテッドレコーズ所属。


来歴

12歳でジャズシンガーを目指し、18歳の時に観光で訪れたニューヨークを好きになり、半年後に単身渡米。以来、NYで生活している。

NYで出会った作家のE-3やDJ HIROnycらと作り始めた音楽作品が日本で評判を呼び始め、デビュー前に映画「凶気の桜」の主題歌制作に協力した。しかし、その後は順風満帆とはいかず、2004年発売のメジャーデビューシングル、2ndシングルともにセールスが振るわなかった為、以降の2年間は全てパッケージ作品のリリースとなった[1]。

模索を続け、最後のメジャーリリースかも知れないと思い、2006年11月にリリースした「奇跡を望むなら...」が話題を集める。USEN総合チャートに22週連続チャートインを記録し、2007年USEN年間総合チャート1位を記録するヒットとなった。

2008年4月から、12ヶ月連続のカヴァーライブ「ジュジュ苑」を開催する。同年10月10日、ニューヨークで凱旋ライブ「JUJU苑 in NY」を行った、また日本記念日協会は本日を「JUJUの日」として正式認定。


人物

芸名の由来はウェイン・ショーターのアルバム「JuJu」から。
本名は非公表だったが2007年4月16日放送の「HEY!HEY!HEY!MUSIC CHAMP」で本名が「ジュン」だと公言、また同年6月6日放送の「スペシャボーイズ」でその漢字が「淳」であることを明かした。
初めて買ったCDはスウィング・アウト・シスターのアルバム「ベター・トゥ・トラベル」。
影響を受けたアーティストはサラ・ヴォーン、キャロン・ウィーラー、レディ・ミス・キアー。




JAY'ED

JAY'ED(ジェイド)は日本の男性歌手である。大阪府出身。ポリネシアニュージーランド人の母と日本人の父を持つ。所属レーベルはKimi(TOY'S FACTORY)。2代目桂ざこばの甥にあたる。


略歴

1981年生まれ。幼い頃はニュージーランドやオーストラリアで暮らしていた彼はバイリンガルとして育ち2002年から2006年春まで、大阪のヒップホップ・クルーD-ST.ENT.に所属していた。ジャスティン・ティンバーレイクのオープニング・アクトや本格派ソウル・シンガーORITO率いるORITO BANDのコーラス等々、ステージという現場でも経験値を上げる。

2008年5月21日にsuperwomanでメジャーデビュー。




榮倉奈々

榮倉 奈々(えいくら なな、1988年2月12日 - )は、日本の女優、ファッションモデル。所属事務所は研音。愛称は「榮ちゃん」、「榮倉様」、「奈々ちゃん」、「ななちぃ」、「奈々様」、「なんた(幼少時)」、「瞳」。新聞のラジオ・テレビ番組欄やスポーツ新聞の芸能面では「榮」の字が常用漢字外であるため「栄倉奈々」と記載されることがある。鹿児島県出水市生まれ(育ちは神奈川県相模原市淵野辺本町)、相模原市立由野台中学校、東海大学付属望星高等学校卒業。身長171cm。体重52kg


来歴

中学3年生の頃(2002年8月に)、渋谷の109前でスカウトされたのが芸能界入りのきっかけ。芸能界入りしてからすぐに女性ファッション誌『SEVENTEEN』の専属モデルになる。

2004年頃から女優として活動を始める。
2006年 - フジテレビのテレビドラマ『ダンドリ。?Dance☆Drill?』で、ドラマ初主演を果たす。
2008年 - NHK朝の連続テレビ小説『瞳』で主演を務めた。

人物・エピソード・交友関係

特技は三味線、民謡名取り。2001年度全国大会「全国協会少女部グランプリ受賞」。
中学時代に演劇部に所属していた。
怪獣映画が好きで、雑誌『SEVENTEEN』のインタビューで、“感動した映画”として、『私の頭の中の消しゴム』と共に『キング・コング』をあげている。また、『ゴジラ』シリーズのファンであることも述べた。
西田敏行との共演が多い。(『ジイジ〜孫といた夏』、『瞳』)
ピアスは右1個、左4個開けている。
近年は目立たなくはなってきているが、かなりの地黒である。
好きな食べ物はベーグル、マンゴー、アボカド。嫌いな食べ物は貝と白粥(食わず嫌い王決定戦より)。好きな色は黄色とピンク。
一人っ子である。
『瞳』の放送開始に先立って行われた連続テレビ小説のバトンタッチセレモニーにおいて、前作『ちりとてちん』の主演であった貫地谷しほりに「とにかく寝ること」とアドバイスされた。このこともあってか、アエラの中のインタビューで「撮影が終わると寝ている」と語っている。
視力が悪くコンタクトレンズを愛用している。
仲のいい友人は、絢香長澤まさみ鈴木えみ等。
背が高くなった理由として、幼少時より牛乳が大好きで1日1リットルは飲んでいた事、また夕方6時には寝ていたことを挙げている(「スタジオパークからこんにちは」2008年9月17日出演中の発言)。仕事中の僅か十分の休憩時間で熟睡してしまう事もあるらしい。
雑誌『SEVENTEEN』のインタビューで、カラオケでの十八番は夏川りみの曲と答えている。
元々はロングヘアーだったが、映画『余命1ヶ月の花嫁』主演に当たり、ボーイッシュショートに変えた。
余命1ヶ月の花嫁のロケで屋久島へ行った際、撮影の合間に海に飛び込むが、思っていたよりも深く、また泳げないため溺れ掛けてしまう。周りの人は溺れていると思っていなかったが、映画で共演している瑛太に助けてもらう。
オフの際、誰にも言わず高速バスで山登りに行った事があり、マネージャーも榮倉のブログで初めて知った。
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20090506-00000014-scn-ent